ありがとう アルシュ

 アルシュ・サミット(1989年)があった直後、パリに行った。
”新しい凱旋門”とも呼ばれるグランド・アルシュ(グランダルシュ)は、厚いガラスと大理石でおおわれた門の形をした白亜のビルだが、一辺の長さ110メートル、その中にはノートルダム大聖堂が、尖塔ともどもすっぽり納まってしまうほどの大きさだ。両側は35階建て、上の桁(けた)の部分でサミットが開かれたのである。
 


 

 ビルの林立する新宿のような副都心に小高い丘を築いてアルシュを作った。
 だから長い長いエスカレーターで登ってゆく。初めは丘の中で薄暗く、だんだん明るくなり、青空が見え、顔が地上に出ると、広場の向こうに白く輝くアルシュが見えた。

そのとき、僕の首、肩、腕が、ジーンと強くしびれた。よほどの感動である。あとは吸い寄せられるようにアルシュ広場の上をフラフラフラと歩いていた。
 
 近づくにつれ顔が上向き、グランド・アルシュが僕の視界いっぱいになったとき、
白い巨大な額縁の中で、雲が横切る青空の絵になった
 
 大理石の階段を登り、ビルの真下から頂上を見上げると、白い鋭角的な三角形が、青い大空に突き出ているのが見える。そこに目をやると、額縁の絵は静止し、アルシュと僕が天空を飛び始めるのだ。この体験は是非ぜひお試しあれ。  
 
これは天地の神のご神体だ! アルシュは宗教だ!  


 かなり高揚した気分でサントノレのホテルに帰ったら、当時、朝日新聞パリ文化企画員の井上日雄さんが、僕を訪ねてロビーで待っていてくれた。会うやいなや、言った言葉は、「サンペイさん、アルシュ見ましたか。あれはいいですよ」であった。「い、今、見てきたところですよ」

 そのあとはもう、ソルボンヌ大学美学部出身の、僕とほぼ同年の井上さんと二人でベタほめ競争となった。僕が、
「あれは神殿ですね。アクロポリスですね」というと、
「そこまで言ったのはサンペイさんが初めてでしょう。ミッテランが聞いたら大喜びしますよ」と笑った。

 
 帰国して何日かたったころ、NHKの教育テレビで東大名誉教授のK氏が、日本語の話せるフランスの若い美人記者と対談をされているのを見た。
「トコロデ、先生ハアルシュヲゴランニナリマシタカ?」
「いいや」
 すると、彼女が目を輝かせてこう言ったのである。
「アレハ素晴ラシイデス!  何カ神秘ナモノヲ感ジマス! ホントウニアレハ素晴ラシイデス! アレハ宗教デス」
 僕の目は彼女に釘づけになった。日本の中年男が二人ではしゃいでいただけではなかったんだ。このマドモアゼルもジーンときたんだ。まだ見ていない東大名誉教授は「ほー」と答えるしかない。
 ああ、惜しい! もしあそこに僕がいたら、「オー、マドモアゼル!」「オー、ムッシュー!」と、手を握り合って感激し合い、もしかしたら、もしかしたら。あー、もったいない!

 僕はタクシーで1回、地下鉄で2回行った。はじめ、地下鉄の出札口で「アルシュ」といったが通じなかった。「ほらあ、アルシュサミットのアルシュよ。知らないのオ」。駅名は「ラ デファンス」または「グランダルシュ」と言わねば通じないらしい。

 
行くのは簡単。1番線だ。他の線からでもコンコルドで1番線に乗り換えればよい。シャンゼリゼを通り、凱旋門を通り、まっすぐ延びた線上にある。
 地図は前もってメモしておくほうがよい。街中で大きな地図を広げていると、悪いのに狙われるかもしれないから。<注>上に出ている女性の絵は、どこか街角でスケッチしたもので、対談者ではない。
 





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