ありがとう ドイツ語 (インスブルック)


むかしドイツからバスでイタリアに向かう途中、インスブルックの近郊でホテルに1泊した。バスの窓から白いアルプスの連峰が見え、淡いグリーンの丘が連なり、春の野花が一面に咲いていた。
団体客たちは、ホテルに着くと「疲れた〜」といい、すぐ部屋に入ったが、僕はあまりの美しさに惹かれて、珍しくひとりで散歩をする気になった。

ホテルの近くにチロチロと音を立てて流れていた小川があった。あの辺りをチロル地方というわけか(なお、左の地図は、いうまでもなく正確さ0.02パーセント以下である)。
古代中国の詩人、陶淵明は、夕景の南山を仰いで「ここに真あり」と詠んだ。夕景っていい。小川の向こうの民家の窓辺には花が飾られ、煙突から煙がうっすらと立ち上っていた。川の流れる音の外は、何もなくシーンと静まり返っていた。

そのとき、突然、僕の後ろの足元で「ワーッ!」という喚声が上がった。ほんとうにおどろいた。振り返ると小さな子供たちが、忍び足で近づいてきて、ぼくを驚かせたのである。14,5人はいた。みんな4、5歳ぐらいであった。成功したのでキャッキャッと喜び大笑いしている。
クリクリした大きな目、茶髪、金髪が、かわいい!

その昔、確かにドイツ語を1年間は習い、試験もあった。なのに10数語しか知らない。
ちょっとシナを作って、「イッヒ(私)メッチェン(娘)」といってみた。
「ナイン、ナイン(違う、違う)」と言ってまた爆笑した。
笑いが少し静まったところで、今度は手を腰に当て、ウインクして「イッヒ、フロイライン(娘)」と言ったら、また喜んで爆笑。
知ってるコトバ、他にないかと考えたら、ユング・フラウ・ヨッホというアルプスの山を思い出した。若い女の肩の意味だ。で、「イッヒ、ユングフラウ」と言って、両手で胸に山を2つ作り、腰を振った。また大爆笑。
もうドイツ語はおしまいだから「アウフビーダーゼン(さようなら)」といって、土手の上を歩いてホテルのほうに向かった。

まもなくホテルの辺りまでくると、後ろから子供たちが追い駆けてきた。もう会話は品切れよ、と振り返って見ていると、子供たちは、みんな手を後ろに組んでいる。そして僕の前で立ち止まり、息をハアハアさせながら、「アイン、ツヴァイ、ドライ(1,2,3)」と言って、隠していた右手を差し出した。あっちのプレゼントの仕方らしい。

そこには今、摘んできた色とりどりの野の花がいっせいに現れた。白いアルプスを背景にした大きなブーケのようだった。「ダンケッシェン(ありがとう)ダンケッシェン」。
両手に抱えてホテルに帰った。あのときの子供たちの笑顔がまだ忘れられない。



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