赤ちゃんを抱えた女性


 車内は混んでいた。私の座っている場所からは、向こう側の人々はほとんど見えなかったが、金髪の後頭部がチラッと見えた。背が高いので、髪を金色に染めた若い男性だと思っていた。
 二、三駅過ぎて電車が止まり、乗降客の移動で人垣にすき間ができた。その時、金髪の人が何気なく横を向いたら、西洋人の女性で、帯で吊るした赤ちゃんを右手で抱え、「左手首」を吊り革にひっかけていた。その手は指を失い、潰れて肉塊になっていた。
 私は思わず立ち上がって席を譲った。彼女はホッとしたようすで「サンキュー」といった。前に座っている人たちは、近すぎて気づかなかったのだろう。このごろ若い男性は、席を譲るのが恥ずかしいのだという説もあるけれど。