ひと山に30人

 紅葉のころ、東北地方の発電所を見学に行った。電力会社の社員の方が、四輪駆動で案内してくれたのだが、途中の紅葉が、あまりにも美しいので、「ワーッ! ワーッ!」と、声をあげて感動していたら、「あんた、ほんとうに山を知らんね」といわれ、ある地点でクルマを止め、「そこから見るのが、この山で一番眺めがよい」といわれた。で、ぼくだけ一人降りてそこに立った。
 眼前に遮るものは何もない。深山幽谷、赤、黄、緑の紅葉の山々が照り映えて、ほんとうに美しかった。山が錦繍(きんしゅう)の着物を着た女性たちに見え、みんな笑顔で迎えてくれているような気がした。しっとりとした山の気が流れてきて、ぼくを包みこみ、まるで全員と契りを結んでいるような気分になった。
 観光地では、そんな気分にめったになれない。紅葉のころに行く山は、たいてい人の山である。何千人もの騒がしい観光客の山。
 乗り物やホテルには定員があるのだから、山にも定員があってもいい。この山は、ひと山30人までとか、この山は60人までとか。ま、ありえないことだが。